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東京高等裁判所 昭和46年(行ケ)128号 判決

原告

小島健嗣

被告

前村猛

上記当事者間の審決取消請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

特許庁が昭和46年8月16日同庁昭和37年審判第2984号事件についてした審決を取消す。

訴訟費用は、被告の負担とする。

事実

第1当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求めた。

第2請求の原因

原告訴訟代理人は、請求の原因として次のとおり述べた。

1  特許庁における手続の経緯

原告は、名称を「ダクト等の素板端辺におけるハゼ形成装置」とする特許第242956号発明(昭和31年3月22日出願、昭和33年6月12日登録。以下この発明を「本件特許発明」といい、この特許を「本件特許」という。)の特許権者であるが、被告から原告を被請求人として特許無効の審判の請求(昭和37年審判第2984号事件)がされ、特許庁は昭和46年8月16日、本件特許を無効とする旨の審決をし、その謄本は同年10月14日原告に送達された。

2  審決の理由の要点

本件特許発明の要旨は、

(A)  多角かつ対照的な凹凸面を対向させた数対の転子を被成形素板の厚味間隔を隔てて対設すると共に、

(B)  それらに次いでそれらの最終転子により形成された被成形材の水平面に対する角度より順次狭角な斜面を一方とし他方を可及的に開放した複数対の転子を直線状に配列し、

(C)  その次に素材を緊密に2重折り畳みする挾着転子と水平2重折り畳み素材の下側折り畳み間に開き片を挿入して上下より圧転する転子を配列し、

(D)  素材端辺の折曲及び折り畳み並びに折り畳み間隔の形成を連続して行わせることを特徴とする

「ダクト等の素板端辺におけるハゼ形成装置」にある。

これに対し、米国特許第2105240号明細書(昭和13年6月14日特許庁資料館受入れ。以下「引用例」という。)所載のものは、

(A') 多角かつ対象的な凹凸面を対向させた数対の転子を被成形素板の厚味間隔を隔てて対設すると共に、

(B') それらに次いでそれらの最終転子により形成された被成形材の水平面に対する角度より順次狭角な数対の転子を直線状に配列し、

(C') その素材を緊密に2重畳みする挾着転子と水平2重折り畳み素材の下側折り畳み間に開き片を挿入して上下より反転する転子を配列し、

(D') 素材端辺の折曲及び折り畳み並びに折り畳み間隔の形成を連続して行わせる

「継目あるいは折り畳み屈曲装置」である。

引用例の(A')、(B')、(C')、(D')の構成要件は、本件特許発明の(A)、(B)、(C)、(D)の構成要件と全く一致し、かつ、両者はともにハゼ形成装置であつて、その目的、効果についても全く一致している。結局、本件特許発明は引用例のものと同一であつて、旧特許法(大正10年法律第96号)第1条の発明を構成しない。

したがつて、本件特許は、旧特許法第1条の規定に違反してされたものであるから、特許法施行法第25条第1項の規定によつてなおその効力を有する旧特許法第57条第1項第1号の規定に該当し、無効とすべきものである。

3  審決の取消事由

本件特許発明に関しては、昭和40年1月12日請求人三井物産株式会社。被請求人小島健嗣(原告)間の特許庁昭和35年審判第40号特許無効審判事件について、「請求人の申立ては成り立たない。」との審決がされ、その審決は、昭和40年3月15日確定し、その旨の登録は同年5月28日にされた。

上記確定審決は、米国特許第2105240号明細書及び米国特許Re第20972号明細書を証拠として引用し、「上記各明細書記載の発明(上記確定審決においては、この発明を「後者」といい、本件特許発明を「前者」という。)の折り畳みはZ字形の間隔を構成するように配置された水平転子37a、斜設された傘状転子39a、40aによつて行われるものであり、転子40aを取除いた場合には、Z字形に成形できなくなることは技術的に容易に首肯できるところである。したがつて、後者においては転子40aが構成必須要件である。そして、後者はZ字状の間隔を構成するように配置された3個の転子間で折り畳みを行うものであるのに対して、前者は斜面を有する転子と該斜面に対向する部分を開放した転子との2個の転子によつて折り畳みを行うものである点において、両者の折り畳みの構想が全く異なつているので、このような差異は容易になしうる設計変更ということができない。これを要するに、後者は前者の構成必須要件(B)(本件審決における本件特許発明の構成要件(B)に同じ。)を全く備えないものである。したがつて、後者が前者の構成要件(C)(本件審決における本件特許発明の構成要件(C)に同じ。)を備えているか否かを論ずるまでもなく、前者は新規な発明であり、本件特許を無効にすることはできない。」としている。

そして、本件審決は、米国特許第2105240号明細書のみを証拠として引用しているのに対し、前記確定審決は、上記明細書のほかに米国特許Re第20972号明細書をも証拠として引用している点に相違があるが、この2つの明細書は同一発明の明細書であつて、図面も同一であるうえに本文の発明の詳細な説明の文言も同一であつて、ただクレームの記載が、前者は1-15の15項であるのに対し、後者は前者の1-15のクレームのほかに16-24のクレームを追加附記した差異があるのみで両明細書の内容は全く同一発明の明細書である。

これを要するに、本件審決は、特許庁昭和35年審判第40号事件の確定審決の登録があつた昭和40年5月28日の後である昭和46年8月16日に、本件特許が旧特許法第57条第1項第1号の規定に該当するかどうかの同一事実について同一の証拠に基づいて、上記確定審決と全く相反する審決をしたものであり、本件審決は違法であり、取消を免れないものである。

第3被告の答弁

被告訴訟代理人は、請求の原因に対して次のとおり述べた。

1  請求の原因1及び2の事実は認める。

2  同3は争う。ただし、本件特許発明に関して原告主張のような確定審決があり、その旨の登録が昭和40年5月28日にされたこと、本件審決が米国特許第2105240号明細書のみを証拠として引用しているのに対し、上記確定審決が上記明細書のほかに米国特許Re第20972号明細書をも証拠として引用しており、この2つの明細書の関係が原告主張のとおりであることは認める。原告主張の本件審決の違法性を争う理由は次のとおりである。

1 本件審決は、被告において(1)米国特許第2076228号明載書、(2)米国ロツクホーマー社のカタログ、(3)米国特許第2105240号明細書を証拠として特許無効審判の請求をしたことに基づくもとであり、3番目の証拠が前記確定審決の証拠と同一であつても、引用証拠中の一部の同一にとどまつて、特許法第167条が規定する「同一事実及び同一証拠」には当らないものである。

2 旧特許法第1条の「新規ナル工業的発明ヲ為シタル者ハ其ノ発明ニ付特許ヲ受クルコトヲ得」は、特許要件として2つの要件、すなわち(1)(工業的)発明として成立していること、(2)その発明が新規であることを含んでいる。この2つの要件は、別個のものとして上記法条に規定されている。

前記確定審決の争点とする所は、本件特許発明の構成要件中の(B)、(C)が米国特許第2105240号明細書所載の発明のこれに対応する要件から容易に推考できるか否かである。審決書中では、本件特許発明と上記米国特許発明とが同一であると請求人が主張しているかに見えるが、実質は、(B)、(C)に対応する要件を本件特許発明の(B)、(C)の要件に置き換えることが容易か否かを争つているのである。すなわち、確定審決における争点は、前記(1)の発明の成立についての争いに該当する。これに対して、本件審決は、本件特許発明の全構成要件が前記米国特許発明と同一であるか否かの争いに関するものであるから、前記(2)の発明の新規性に関する争いである。

したがつて、確定審決と本件審決とは、同一事実についての審判ではない。

第4証拠関係

原告訴訟代理人は、甲第1号証ないし第4号証、第5号証の1、2を提出し、被告訴訟代理人は、甲号各証の成立を認めた。

理由

1  請求の原因事実中、原告が特許権者である本件特許発明について、昭和37年審判第2984号事件にかかる特許無効審判の請求から審決の成立に至るまでの特許庁におくる手続の経緯及びその審決の理由に関する事実は、当事者間に争いがない。

2  そこで、上記審決の取消事由の有無について考察する。

まず、本件特許発明に関して、昭和40年1月12日請求人三井物産株式会社、被請求人小島健嗣(原告)間の特許庁昭和35年審判第40号特許無効審判事件について、「請求人の申立ては成り立たない。」との審決がされ、その審決が昭和40年3月15日確定し、その旨の登録が同年5月28日にされたことは、当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない甲第3号証(昭和35年審判第40号事件審決)によれば、審判請求人は、本件特許発明が米国特許第2105240号明細書及び米国特許Re第20972号明細書所載の発明と同一であつて、本件特許発明は新規な発明でないから、本件特許は無効にされるべきであると主張し、上記確定審決は、本件特許発明を無効にすることができない理由として原告主張のように説示していることが認められる。そして、上記2つの明細書の関係が原告主張のとおりであることは、当事者間に争いがない。そうすると、上記確定審決は、本件特許の無効事由としての、本件特許発明と米国特許第2105240号明細書所載の発明との同一性の有無について、上記明細書を証拠として、その同一性を否定したものということができる。

これに対して、本件審決が、本件特許の無効事由としての、上記両発明の同一性の有無について、上記明細書を証拠として、その同一性を肯定したものであることは、審決の理由自体から明らかである。

したがつて、本件審決は、上記確定審決の登録があつた昭和40年5月28日の後である昭和46年8月16日に、本件特許の無効事由としての上記両発明の同一性の有無という、確定審決におけると同一の事実について、上記米国特許明細書という、確定審決におけると同一の証拠に基づいて、されたことになり、本件審決は、いわゆる一事不再理の原則を明らかにした特許法167条の規定に違反するものとして取消されなければならない。

なお、被告は、本件審判請求事件においては、被告は、上記明細書のほかに2つの証拠を引用して審判を請求したものであつて、特許法第167条にいう同一事実及び同一証拠に基づく審判請求には該当しない旨主張するが、同法条において、同一事実及び同一証拠に基づいて審判を請求することができないとされているのは、特許庁自体も、審判請求却下という形式的審決はともかくとして、同一事実及び同一証拠に基づく実体的な審決をすることができないことをも当然の事理としているものであるから、本件審判請求において上記明細書のほかに2つの証拠を引用しているとしても、そのことは、本件審決についての前記判断を左右するに足りるものではなく、被告の主張は理由がない。

3  よつて、本件審決の違法を理由にその取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第7条及び民事訴訟法第89条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(荒木秀一 石井敬二郎 橋本攻)

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